第9


 毎年、年末になると決まって演奏される有名なクラシック曲といえば、なんたってベートーヴェンの交響曲第9番《合唱》だろう。
 僕が初めてこの曲を聴いたのは、確かFMのラジオ番組からで、なんと、先だって亡くなられた落語家の柳家小三治師匠がDJを担当されていて、そこで知った。その小三治師匠だが、落語界きってのオーディオ好きとしてもよく知られていたらしく、何やら「第9を聴くならシャルル・ミュンシュが一番!フルトヴェングラーと比べてどうのこうの・・」とか何とか。あまり覚えてないけれど、まだまだクラシック初心者だった僕は、たいへん興味深いお話ながらも、当然むずかしいことはあまりわからず、そんなもんかいなぁって感じで、おぼろげに聞き流していたのだった。
 それより何より、メチャ驚いたのが、小三治師匠の超豪華なオーディオ・ルーム‼ FM雑誌で拝見したのだが、これがまたいかにも高級そうなバカでかいJBLのスピーカーやら、パワーアンプやらが所せましとうずたかく積まれていて、そんな機器を背に、ほかの落語家さんたちと楽しそうにオーディオ談義に花を咲かせているのだった。
 話が脱線してしまったが、何せシャルル・ミュンシュは、僕にとって《運命》のレコードなどでたいへん馴染み深い指揮者だったからこそなのだけど、そうしたのち、一応自分も小三治師匠を信じて何の疑問も持たずに迷うことなく、シャルル・ミュンシュ指揮/ボストン響のLPレコードを購入。しばらくはこのレコードで、特に年末になると取り出して、聴いた。今あらためて思い起こすと、《運命》のレコードと比べても、音質はナローレンジでかなりヒステリックながらも、演奏のほうはやはり文句なく、格調高くて非常に素晴らしいものだった。

 LPレコードでは、ほかにワルターやカラヤンなんかも、中古だったけれど、購入して聴いた。聴き比べも実におもしろかった。ワルターなどミュンシュに負けず劣らずの名演奏で、音質も含めると、むしろこちらの方がずっと優れていると言ってもいいくらい。まことに恐れ入った、という感じで非常に威厳のある、すこぶる儲けもののレコードでもあった。あと、ビデオにも録画し、N響恒例のヤツだったと思うが、どんなだったか、ちょっと忘れた。

 それから、CDへと時代が移り変わって間もなく、クラシック書やら何やらの影響もあって、次に購入したのが、フルトヴェングラー指揮/バイロイト祝祭管のCDで、クラシック界では、これぞ超名演!人類の至宝といわれる決定盤なのだそうで、またも、そんなもんかいなぁって感じで何の疑問も持たずに興味をもって平然と買い求めたのだった。
 いずれ、どれもこれも皆フルトヴェングラーだからこそ成しえた芸当だと思うのだけど、実際に聴いてみると、終楽章の途中で、ミュンシュらとはまたずいぶん違って、これ以上息が続かないぞ!?といった具合に、いかにもメチャ必死そうで危なげな、メチャ長~いフェルマータ。・・かと思えば、逆に終結部での、あたかもメチャ狂ったかのように猛烈なスピードで駆け抜けてしまう棒さばきは、まさに圧巻!と言うしかなく、音質は多少こもりがちだが、モノラルながらもモノラルを感じさせない凄まじさ!とでもいうべきか。とにかくそこだけでも聴く価値大いにあって、案の定、メチャ変わった演奏でメチャ得した気分だった。

 しばらくして、ずっと後に購入したのが、ロジャー・ノリントン指揮/ロンドン・クラシカル・プレイヤーズのベートーヴェン「交響曲全集」で、とても気に入っているけれど、しかし、その中の第9番がまた予想に反してノリントンらしくなく、かなりオーソドックスで素直。それでもわずかにテンポ速めで、第1楽章の終わりでちょっとしたオケのズレはあるものの、オーソドックスだからこそ好感がもてたのかもしれない。加えてノリントン/L・C・Pといえば、なんたって古楽器ならではのクリアーな音色がとても魅力的で、・・だいぶ気に入ったのか、近ごろは年末に限らず、ほとんどノリントンばっかしで聴いている。(2022・03・12)





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